社環セミナー「終戦70周年記念講演会」を開催

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東海大学教養学部人間環境学科社会環境課程では、2015年5月26日、湘南キャンパス13-201教室で、15時10分から16時40分まで、「終戦70周年記念講演会」を開催、講師に大正12年生まれの元・陸軍一式戦「隼」パイロット(空中勤務者)の馬場安(しずか)様をお招きして、「戦争と平和を通じて自由を考える」機会を持ちました。

参加者は、教員3名・職員2名・東海大学大学新聞記者1名と学生は人間環境学科社会環境課程の落合ゼミ・藤巻ゼミなど46名、自然環境課程8名、国際学科3名、法学部・政経学部・体育学部など他学部12名でした。

馬場安氏は、逓信省(ていしんしょう)航空未要請所14期操縦性として、操縦学・航空力学・航法などを含む飛行訓練を終え、大刀洗(たちあらい)陸軍飛行学校を卒業、シンガポール、ビルマ(現ミャンマー)、フィリピン、台湾で航空支援・船団護衛・特攻援護などの作戦に従事しました。

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『ホタル帰る 特攻隊員と母トメと娘礼子』に登場する宮川三郎軍曹も、馬場氏と同期生として千葉県印旛郡で飛行訓練を受けています。

飛行機から、機銃をすべて降ろし、爆弾を搭載して敵艦船に体当たりする特攻作戦を身近にしていました。特攻機の援護の時は、敵機の来襲を受け、そこを脱してからも艦船周囲が赤くなるほどの対空砲火の中を特攻機が突っ込んでいったといいます。特攻は、罪のない若者に死刑を宣告するに等しい行為だったと、戦争と戦争指導の過酷さを語ってくださいました。

フィリピンでは乗船していた船舶が撃沈され、海上を漂い、暁部隊(陸軍の船舶工兵隊)に救助されてからも、執拗に繰り返し襲ってくる敵機の銃撃から、ヤシの木の周りを回って逃げ回ったといいます。撤退の時は、動けずに残すことに決まった負傷兵に、自決用の手榴弾を置くしかなかった経験も話されました。

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中国南部で終戦を迎えたときは、22歳、「今までの厳しい訓練、犠牲は何だったのか」という悔しい思いと「これで死なないですむ」という安堵の感じが交差したと述べられました。

講演の最後に、当時でも、国際情勢に関心を持ち、関心を持つことで、戦争を避けることができたはずで、それには、国民が幅広く知識を求める気構えの重要さ、そして、自分の決めた道を諦めずに、忍耐して努力すれば、可能性が開けることを強調されえました。死んでいった仲間のためにも生きるという強い思いが伝わってきました。

(記録者:鳥飼行博)