5月16日、ゼミ活動でハンセン病の国立療養所を訪問しました。

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鳥飼ゼミ3・4年生は、5月16日、14時から、東村山市にある、国立療養所「多磨全生園」と隣接するハンセン病資料館を訪問しました。

まず、ハンセン病資料館でハンセン病のビデを見た後、入所者で元患者の佐川修氏から1時間にわたってお話を伺いました。

その後、ハンセン病資料館の展示を見学し、多摩全生園の宿舎、訪問者宿泊所、売店、浴場、納骨堂、宗教施設、給水施設を見て回り、人権の森など、今後の全生園のあり方についても考えました。

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以下は、訪問したゼミ生のレポートです。

現在全生園では、東京ドーム数個分はある広大な敷地で、たくさんの緑に囲まれた穏やかな場所となっていて、関係者以外もこの中を自由に行き来することができる。何気なく訪れただけでは、過去にそのような歴史があったことをまったく感じさせないような場所になっている。しかし、その歴史を忘れないようにと、自治会が『全生園の隠れた史跡』として案内板を残し、ここが初期の墓地跡、礼拝堂跡、全生劇場跡、というように案内板を手がかりに園の中の歴史を知ることができるようになっている。園内を歩きながら、現在は何事もないように静寂な町の一部になっている全生園のこの地で、過去には様々なすさまじい歴史があることを思い、資料館で目にしたこと、また佐川さんの講演会でお聞きしたことを思い出して、それを重ね合わせながら自分が今その場所に居るのだ。と思うと、歴史の重みについて深く感じ考えさせられるものがありました。資料館では、他の療養所のものも含めて療養所の様子などの古い写真のパネル展示や、実際の療養所での生活で使われていた物品や、昔の療養所での生活の様子が再現された展示などがありました。例えば、園の中だけで使用されたお金、園内で患者さんが着ていた服、作業に使用した道具、などです。また、狭い空間に何人もの男性が寝泊りして、生活している様子が、実物大の人形で再現されており、当時の療養所での生活の様子を見ることができました。また患者さんの多くが逃亡し、それに伴う逃亡防止強化政策のために療養所のはずが収容所の状態になっていった様子、それらに関する事件、犯罪、冤罪などの事実が詳細に展示解説されており、使用されていた監房も展示されていました。それらを見学し、患者さんの強いられた差別や偏見に基づく苦悩を感じました。

ハンセン病が「不治の病」という認識から「伝染力が弱く完治することの出来る病気」であるという認識への過渡期であったにもかかわらず、法案の根本精神としてハンセン病を「完治が難しい伝染病」と位置付け、療養所長の裁量に患者さんの人権は委ねられ、外出制限や秩序維持のための懲戒検束規定は現存し続ける法律が成立しました。ハンセン病の伝染力と完治の可能性を考慮して患者さんを隔離するかどうかを判断する際に、「公共の福祉」と「人権尊重」の双方の価値考量が問題となります。伝染力も弱く不治の病ではなくなる可能性が高い時、「公共の福祉」を楯に患者を社会から隔離し、療養所を「脱走」すると懲罰が与えられるとは、戦後日本国憲法が制定されても人権尊重の意識が政治家にも浸透しておらず希薄であったと批判したいと思いました。日本には、民主政治の行われる国会もあり、平和主義や人権の尊重がうたわれる憲法もある、世界の中でも先進国としての位置付けがなされている国です。一見さも素晴らしい社会が成り立っているように思われますが、このハンセン病を通して見える社会の実態は全く違ったのでした。政府は「公共の福祉」の理論を武器にして患者さんを見殺しにしてきたといっても過言ではないと考えました。

しかし、実際に元患者さんの方が最後の一人となった時、さらにそれ以降に我が国における「ハンセン病」の扱い、あり方がどのようになるのか、どう変えていけば良いのかという懸念が残ると考えられる。また、世界には依然としてハンセン病差別が行われている地域も存在する。その正しい現状や具体的な解決方法を今後調べていきたいと思いました。今回、実際に聞いたこと、見学したことを家族や周りの友人にも話して、ハンセン病についてもっと知ってもらいたいと思いました。

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今回のゼミナール活動報告は、ハンセン病資料館・国立療養所多磨全生園鳥飼ゼミ研修を参照してください。